100年見守るデスクチェア
佐居 由美(さきょ・ゆみ)
1980年代後半の2月のある日、和歌山から聖路加看護大学を受験するために私は上京した。銀座キャピタルホテル新館に宿をとり、試験会場に向かった。重厚な建物に足を踏み入れると、そこは異次元の世界だった。まるで、ヨーロッパの古い学校のような内装、手動シャッターのあるエレベーター、トイレに行くと、「Prease, FLUSH AFTER USING」という英語の掲示板まであった。
受験番号を確認して、会場を探す。私の受験会場は廊下の奥の右側の教室だった。足を一歩踏み入れて、驚いた。そこには、今まで見たことのない板付きの椅子が整然と並んでいた。肩肘のデスクチェア。デスク部分の広さはB4用紙程度、「この狭いスペースで受験するのかぁ・・・・・・」。驚愕の瞬間であった。何とか腰をかけ、筆記用具をどこに置けば落とさないか、と思案する。緊張感の張りつめた静寂の中、初体験のデスクチェアでの試験は始まった。会場にはカリカリという鉛筆が動く音だけが響く。最大限の集中力で問題に向かう。英語、国語、化学の3科目を終える頃には、すっかりデスクチェアにも慣れていた。受験生は誰ひとり、筆記用具を落とさなかった。
4月、ありがたいことに桜が咲き、私は聖路加看護大学に入学した。入学後もデスクチェアにはとてもお世話になった。大学の教室のほとんどはデスクチェアだったのである。私が受験した時のデスクチェアはスティール製であったが、中には木製のデスクチェアもあった。木製のデスクチェアはスティール製のデスクチェアより、もっと書くスペースが狭かった。そのデスクチェアで受験した同級生もいて、私はスティール製でよかった、と心底思った。
時は経ち、聖路加のアーカイブの古い写真の中に、私はデスクチェアを見つけた。大学4年間、何度も座ったあの木製のデスクチェアである。その写真が撮影されたのは1930年代。そして、そのデスクチェアは、今も大学にある。そのデスクチェアを見るたび、聖路加の歴史を感じ、先人たちの苦難のうえに本学があることを思い出し、感謝の念を感じずにはいられない。これからも、デスクチェアは聖路加の看護を見守ってくれるだろう。
授業風景(1932年)Class of 1991。聖路加国際大学教員(基礎看護学)。