Blossom

蛭沼 恵美(ひるぬま・えみ)

7年ぶりにふと見返した日記の中に見つけた、ある1日のこと。
読み返しながらその時の情景が、彼女の笑顔が、彼女との会話が、病室の雰囲気までもが鮮明に思い出された。彼女が生きていて、彼女と出会い、そして確実に今の看護師としての私を作ってくれている。それは紛れもない事実だ。


2012年4月6日(金)

今日は、看護師人生で忘れられない日になった。
乳がんからの脳転移で終末期の彼女。余命は数週間と言われていた。日々衰えていく中、病室の窓からは桜が見えていた。


「お花見に行きたいですね~」


私の一言に、彼女は旦那さんに桜餅を買ってきて欲しいと頼んでいた。
ナースコールで呼ばれて訪室すると、お茶と桜餅が用意されていた。


「仕事中だと思うけど、少し一緒にお花見しない?」とお誘いが。旦那さんも「ぜひ」とのことで、やらなきゃいけないこともあったが、病室の窓を開けて、カーテンを全開にしてみんなでお花見。


彼女に来年はない。もしかしたら夏の太陽を浴びることも難しいかもしれない。
そんな彼女と最初で最後のお花見となった。


旦那さんの顔には笑顔とうっすら涙。
最近の彼女は1日にひと口ふた口しか食べられなくなっていたのに、桜餅を2つもペロリとたいらげていた。


「こんな楽しい時間を過ごせるなんて幸せ!」


彼女のその言葉と笑顔を見た時、患者さんが幸せ、楽しい、嬉しい、安らぐ、和む、ということが闘病生活・入院生活の中でも感じられること、そんな瞬間を作れるように関わることも、素敵な看護であることを知った。


1日の大半は「なんでこんな風になっちゃったんだろう」と涙を流している彼女。
日に日にまともに会話ができなくなっているそんな彼女からプレゼントしてもらった言葉。


「気の合う看護師さんを担当にしてもらえるって聞いたんだけど、それをあなたにお願いしたいんだけど、いい?あなたは私の天使なの」
「絶対偉くなって婦長さんになってね!そして乳がんやがんを患っている人の助けをしてあげてね。私みたいに幸せをもらえる人が増えるように」



○○さん 絶対もっと素敵な看護師になるよ
絶対忘れないよ、あなたのこと
私の人生に関わってくれてありがとう


この聖路加で今年看護師12年目を迎えた。
キリストにある愛を実践する者であり続けられるよう祈らずにはいられない。


「神である主に霊がわたしの上にある。貧しい人に良い知らせを伝えるため、心の傷ついた者を癒すため、主はわたしに油を注ぎ、私を遣わされた。 イザヤ書61:1」

桜
Profile

Class of 2008。聖路加国際病院10E病棟勤務。

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